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漫画には出来ないこと。

≪キン肉ビーム!≫

飛び散れ~キン肉ビーム~♪

その歌が示す通り、先日某所で

「キン肉マンはビームを撃てるのか否か?」

という話題が挙がったので、私も気になったその真相を確かめるべく(古)本屋さんで取材した所、




しっかり撃ってましたよ 両 足 で

「BAAAAA」という効果音が素敵すぎます。

更にビームを簡単に避けられたキン肉マンは更なる必殺技
「キン肉フラッシュ」
なるモノまで放ってましたw(これも敵には効いてませんが)
はい、どう見ても構えがスペ〇ュウム光線ですね。

私も初期の頃ははっきりと読んでない為憶えてなかったのですが、キン肉マンって最初はウル〇ラマンみたいなヒーローの扱いだったんですねw
ビームも撃てればニンニク食べてビルぐらいの怪獣と同サイズに巨大化もしてますw
(ちなみにライバルのテリーマンも巨大化可能)

やはりゆで先生の発想力は当時からキレキレだったようで・・w

続きまして。

≪漫画にはできないこと≫

遂に借りてしまいました・・

ARIA the ANIMATION!

しかも第6巻だけ!

ピンポイントで一巻だけ借りた理由は、先日も言いましたが単行本6巻で読んだ
「アテナさんがゴンドラの上でアリシアさんと晃さんの前で熱唱するシーン」
をアニメではどのように再現されてるか見たくなったからです。

漫画版ではアテナさんのその余りの美しい歌声に二人の友人は衝撃を受けると言った描写が挟まれています。

で、いよいよその問題のシーンが登場する回を鑑賞してみました。

ARIA the ANIMATION 第11話 「そのオレンジの日々を・・・」

・・・・・・・・

・・・・・・

・・・・

・・




や っ ぱ り サ ラ ・ ノ ー ム 降 臨

歌ってたのはアテナ役の声優ではなく河井英里というアニソン御用達の歌手らしいですが、十分レベル高いですね。

漫画版の演出から、アテナさんの歌にはやや過剰なまでの期待をしていたんですが、アニメ版もそれを裏切らぬ見事な出来でした。

普通は期待しすぎるとロクなことないんですが、正直このシーンに関しては予想していたより全然良かったです。

アリシアと晃以外にも街の観衆までが思わず歌に聴き入り、終わると同時に拍手喝采を送るという漫画版にはなかった粋な演出が余計にアテナの歌の素晴らしさと臨場感を引き立てていました。

・漫画には出来ないこと

さて、今回のARIAに限ったことではないですが漫画ではどのような画力を持ってしても及ばないのがこの
「音を完璧に表現する」
ことでしょう。

勿論一部の単純な爆発音や歓声だけならば擬音という形で表現は可能です。

しかし合奏による旋律や擬音では描ききれないような複雑な音、人間の耳が聴くことができる音の世界全てを”完璧に”表現することは、聴覚には働きかけない「視覚だけ」の漫画という方法では表すことは不可能です。

音楽を主題とする漫画が一種のタブーとされるのもこのせいでしょう。

しかし漫画の音への挑戦を可能にする方法が一つあります。
それはその作品を動画と音から成るアニメーションにリンクさせることです。

しかし安易なアニメ化は勿論失敗する場合もあります。

音楽を主題にした漫画なら尚更でしょう。

例を挙げるなら漫画「BECK」のアニメ化。
製作には実力派アーティストが顔を並べましたが、残念ながら期待した程の出来は得らませんでした。
ARIAのように特定のジャンルに定まらず音楽を表現するのではなく、BECKは初期設定からROCKというジャンルに音が限定されていたのが、なまじ私のイメージが漫画版を読んでから出来上がってたのがアニメへの落差に繋がって痛かったのかもしれません。

しかしこれからも漫画の音を表現するのはやはりアニメしかありません。

更に言えばそれは
「漫画にはできない、アニメしかできないこと」
なんですよね。

音楽以外にもダイナミックな動画に関しても同じです。
板野サーカスと呼ばれた芸術的なドッグファイトは漫画では到底表現できません。

アニメでしかできないこと、そしてそれを追求してゆくことがアニメが「漫画を超える長所」を伸ばすことに繋がんじゃないんでしょうか。
私がロボットアニメや音楽性の高いアニメに惹かれるのも、それが漫画ではどうしても色褪せるからだと思います。

・アニメには出来ないこと

しかしアニメが「漫画にはできないこと」を可能にするならば逆も然り。

漫画にも「アニメにはできない漫画ならではの長所」があります。

それは「エアギア」の大暮維人のmm単位まで調節された精密なタッチであったり、「からくりサーカス」の藤田和日郎の油絵のような重厚な描き込みであったり、アニメ塗りが基本のアニメでは到底及ばない
「一コマ一コマを芸術レベルまで引き上げる」
ことだと思います。

白黒の点と線だけでもここまで表現できる。

天上天下やデスノートやバガボンドの単行本を読んでると、
画集として見て、このレベルの絵が400円~500円で売ってるのは安い
と頭を掠める時があります(勿論話として面白ければ更に言うことナシなのですが)

一コマ一コマを一枚の絵としてどこまで勝負できるか。

流行りのCGに頼るアニメには無い、人の手で作られる絵そのもの良さ、
それにこそ漫画ならではの魅力があるんじゃないでしょうか。
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歌で岩浮かせるネーチャンキタコレw

>そのオレンジの日々を・・・
ネ申放送ktkr
アニメーションの中で一番好きな話です(>ヮ<)ノ


>漫画にはできないこと
NieA_7のチャダだけはガチ!
いくら設定がインド人だからって声優に本物のインド人を使うとかマジ反則w
あまりにぴったりすぎて、「こいつをモデルにして漫画描いたんじゃねえか?w」
と思ってしまうほどww

逆に漫画にしか出来ないと思うことは、見開き一ページの持つ説得力。
いくら音楽や演出で飾ってもこれだけは漫画にしか出来ません。
特にARIAの見開きはインパクトが強い気がします。


>人の手で作られる絵そのもの良さ
つ 灰羽連盟
こいつはアニメのくせに暖かい絵を描きやがる(`・ω・´)

>いけまこさん
アテナの歌は流石に超能力染みてはないんですが、褐色の肌と歌姫という共通点でサラがオーバーラップしました(*ノノ)

>すずさん
・オレンジの日々を・・
アテナの若い時のボケにも磨きがかかっていて、それが余計にまさかの「噂の水先案内人の正体」というギャップに繋がっていて良かったですw

・見開き
見開きでもそうなんですが、やっぱり漫画は聴覚ではなく視覚、一枚の絵で勝負するしかないんですよね。

曲がりになりも絵を描いていた思ったことは、人間の眼は一瞬絵を見ただけで驚くべき情報を受け取ってるということです。
どんなに綺麗な見開きでもバランスがおかしかったらすぐ分かります。
それはどこが悪いのか瞬間的に気付くのではなく、「何か違和感がある」と感じるだけなんですが、「自分では見てないつもりの箇所」も瞬時に頭の中では「全体から見たバランス」で計算されてるんですよね。

しかし逆も然りで、整ったバランスや、細部までも気を使って描き込まれた見開きは見た瞬間、自分の焦点以外の絵の箇所の描き込み全てが頭で統合されて結果「迫力」や「説得力」に繋がるんだと思います。
凄い見開きを見た瞬間は「どこがスゴイ」のか言葉には説明できないのも、
頭では眼から強烈な情報量を受け取ってるんですがそれを処理できてないだけだと思います。

個人的に見開きがちょっと人とは違うと感じる作者は山田 芳裕ですね。

・人の手で作られる絵そのもの良さ
個人的にジブリの作品にはCGなど所謂「機械的」な印象が薄いんですよね。

特に90年代のジブリは向上していくアニメ技術とは裏腹に、人間臭さが作品から滲み出てる気がします。
それはやっぱりジブリ独特の物語の設定や世界観が良かったのかな、と。
先端アニメ技術よりアニメから感じる人間力が、人々が今もジブリに惹かれる理由の一つではないんでしょうか。一枚の絵として見ても素晴らしいカットも多いですしね。
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