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必殺地獄少女

何やらジャニーズ軍団主体で人気時代劇シリーズ『必殺仕事人』が復活するそうで...

往年の藤田まこともしっかり登場するようで、このシリーズはそこまで熱狂的なファンではないですが、渋い藤田まことを見るのは好きなんで素直に嬉しくなってきますね。

そこでとあるTV番組で、
『必殺仕事人は勧善懲悪かどうか』
という話になった時、居合わせたコメンテーターが
『依頼人も決して第三者から見て完全な「正義」に属してる訳ではなく、悪を成敗する際も依頼人はそれで幸福になるのではなくて地獄に落ちることをも覚悟をした上で、最終的に仕事人が暗殺を遂行することから、「必殺仕事人」は完全な勧善懲悪の設定ではない』
というようなコメントをしていました。


それを聞いて不覚にも私の頭をよぎったのが
『それなんて地獄少女?』

いやぁ考えてみればそうですね。

深夜あのアニメを見かけた時は『世にも奇妙な物語』的と言いますか、何とも良い意味で後味の悪いアニメだと思ったもんですが、思い返せば地獄少女の「恨みの対象諸とも依頼者も地獄に落ちる」という設定も、やり方は異なれど昔から時代劇でも馴染まれたスタイルだったんだなぁと。(今更ですが

正義の味方が痛快に悪を〆るというのも見てて気持ち良いですが、やはり人を殺しておいて完全な正義というものはある訳もなく、必殺仕事人のような悪を内包した正義こそリアルな正義の在り方なのかもしれません。
だからこそ今も昔も見る者に芯のある「渋さ」や「格好良さ」を伝え、愛されてゆくのだと。


そんな、至極どうでも良いことをワイドショーを見ながら考えてたりしまんた。

(思えば特命係長もこのタイプ?w)
おまけ:

中野アナと某SMAPメンバーの結婚騒動が一応デマだったらしいことに感動。

ウッチーだけじゃなく中野アナも俺から奪っていかないでね(´;ω・`)(痛
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中居君が好きです

 タイトルに衝撃を受けた旅の者です。
 なんか、某黒髪の美少女が糸を操って悪徳役人を宙づりにしている絵が浮かびました。
 末期症状かもしれません。

 ジャニーズ軍団主体・・というのが、ちょっと引っかかりましたが、藤田さんも出演されるなら万々歳です。

>勧善懲悪
 江戸時代の作品だと、「里見八犬伝」がその代表例ですね。
 八犬伝のさらに源をたどると、中国の「水滸伝」に行き着くようですが・・・
 八犬伝より水滸伝の方が、分かりやすい気もします。

 水滸伝は基本的に勧善懲悪で、悪いヤツはこっぴどく叩きのめされるお話なんですけど・・・
 個人の感性の違いかもしれませんが、どうにも独善的な場面が目立って仕方ない気がします。
 それでも、最終的には、集合した108人の仲間達の4分の3が、それも、そのほとんどが報われたとは言い難い死を遂げているので、因果応報を感じなくもないですが・・・
 本来の意味で後味が悪かったのを覚えています。

 「絶対的な正義の味方」は子ども向け番組では当たり前みたいな感じでしたが、最近の仮面ライダーなんかはそうでもないみたいですね。
 ライダーの葛藤とかで大人気を博している、と、視聴している母から聞いています。
 ええ、母が大ファンで、毎回見ているのが我が家です・・・

 「必殺仕事人」といえば、以前、TVで面白いエピソードを聞きました。
 当時、時代劇では、勧善懲悪というか、清々しい感じの主人公を擁する「木枯らし紋次郎」が大人気で、その対抗馬に、人間の汚いところも平然と見せる「仕事人」で大丈夫なのか?という話があったそうなのですが・・・
 結果はご存知の通り、「仕事人」シリーズの大ヒットという形に終わり、すごい数の続編が作られていますね。
 なぜなのか、というところまでは、その番組では論究されませんでしたが・・・

 「正義」ってなんだろう?というところで、わたしは、勧善懲悪モノの持つ理想の正義像も良いなぁとは思います。
 思うんですが、「仕事人」や「地獄少女」には、また違った良さがありますよね。

 悪に手を染めた人が、ぬくぬくと過ごすのは許せない、それは、どの作品にも共通する問題意識だと思います。
 ただ、それを、まるで神か仏が人の姿を借りたような、どこか人間離れした正義の味方(それこそスーパーマンのような)が爽快にぶっ飛ばすというのも一つのスタイルですが・・・
 誰かが法を犯しつつも裁き、裁く事に疑問を持ったり、仕事と割り切ったりしながら、やがては自分も裁かれる時が来る・・・
 そんな、人間くさくも、スーパーマンとは違った、マネのできない格好良さと覚悟を見せてくれる後者の方に、人は(特に大人の方は)共感と憧れを覚えるものなのかもしれません。
 因果応報という意味では、悪人も許されないけれど、裁く側だって、決して綺麗なままではいられないんだと。
 百の戒めの言葉より、遥かに雄弁に、悲しみの連鎖を物語っている気もします。
 片手落ちに終わらない、大人でも納得できるストーリー。それが、人気の秘訣だったりもするのかと。

 長くなりましたので、そろそろおいとまします。
 では!(シュタッ!ババッ!ガッシャーン!・・・)

まさに「人を呪わば穴二つ」って奴ですか…

まあ、フィクションだからこそ現実にない綺麗さを求めてしまう今日この頃…
現実がこんなに甘くないことは実感している…
だからこそ今の僕にはこれが必要なのです…










ARIAいいよARIA( ゚ヮ゚)ノ

そんな私は草なぎ君派です

→旅の者さん

>某黒髪の美少女が糸を操って悪徳役人を宙づりに

暗殺に奔走する少女・・・それなんてGUN〇SLINGER GIR(ry

しかし改めて考えるとソレもすごい絵ですねw

>水滸伝と里見八犬伝

両作とも名だけは存じてましたが、そんな設定のお話だったんですか~。
特に水滸伝は108人という仲間の数にちょっと驚きですw
そう言えば、「幻想水滸伝」を知人がプレイしていたのを横目で眺めていた時も、多種多様な仲間がやたらと多かった憶えがあります(汗

>ええ、母が大ファンで、毎回見ているのが我が家です・・・

ちょっ、何ともステキでお母様ですね(撲

私も見たいのは山々なんですが・・・早起きがキツくてほとんど見れないライダーシリーズだけにそんな旅の者さんの母上が輝いて見えます(日曜の朝8時を早起きと言ってる時点でもうダメポなんですがorz

>木枯らし紋次郎
これまた往年の時代劇ですね。

しかし、その「紋次郎VS必殺」の逸話を聞いてて感じたのが当時は本当に「時代劇が強い」時代だったんだなぁと。

ゴールデンの目玉として時代劇がぶつかり互いに凌ぎを削る、バラエティ番組が目立つ現在では考えられないような構図で羨ましくもありますよね。

>勧善懲悪

某将軍や某町奉行が殺陣をかまして最後は悪党一味を一網打尽にする様は、私もやっぱり見ていて胸がスーッとなりますし好きです。

でもそれはやっぱりあくまでフィクションだから許される絶対正義の観念なんですよね。

正義を語ることが例え悪人でも生命を奪っていい理由にはならない訳で・・・・
派手な一対多の殺陣によって「悪人一人の死が薄れて見えがち」な構図ではなく、必殺シリーズの暗殺という「一人一人の死」をダイレクトに見せつける手法だからこそ、殺人に至るまでの背景であったり葛藤であったりがより必要なのかもしれません。

そしてその過程で描かれる”人間”こそが旅の者さんも仰るような年齢を経た大人をも魅了するファクターなのかな、と思います。

なかなか面白い話も聞けて楽しかったです。お帰りの際はどうかお気を付けて・・・

っと思いきや(ガッシャーン!)ディスカー!?

→すずさん

>フィクションだからこそ

フィクションにしか叶わない求める世界があるからこそ、フィクションも存在する意義がある訳ですしね。

すずさんの話を聞いてると、”フィクション力”とでも言いますか・・・
個人の環境の変化によって、人がフィクションに求める力場も変遷していくのかな、と思います。



ってまたARIAwwwwwwwwwwww


ネットでの布教はもう充分すぎるかとも思うので、今度は第二段階として同僚の方々に広めてはどうでしょうk(ry
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